「ZAHITA」のファーストアルバム完成!! 2008.07.16
by 空族
「国道20号線」に劇中曲を提供してくれた「ZAHITA」が映画とのコラボレーションアルバムを発表!! これはサウンドトラックではありません!!
ライナーノーツに富田監督が寄せた文章を引用しておきます。
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『まず断わっておくが、これは映画のサウンドトラックアルバムではない。確かに映画『国道20号線』にはZAHITAの演奏する音楽が流れている。このアルバムはその映画から音を抜き出したものではないという事でサウンドトラックアルバムとは違う。僕は映画にZAHITAの音楽を使わせてくれと頼んだ。しかし、このアルバム制作の過程にあっては逆に、映画の音を使わせてくれとZAHITAに頼まれた。因みにこのアルバムには映画本編中に流れるZAHITAの音楽は一切入っていない。
僕は映画に音楽を付けるということが実はどういうことなのか未だ良くわからない。そういうとまるで考えてきたかの様だが、実はあまり考えたことがなかった。面倒だったからだが、しかし考えるのが面倒という程度には、劇中の音楽使用に際していい加減な事はできない、したくないという真面目さもあった。通り一遍だが、例えば悪戯にストーリーに依拠した情緒を音楽で煽り立てるのは避けようと努める。するとどうなるか。完成後、気がつくと僕の映画には音楽が全くない。僕自身、実はそれでも一向に構わないのだ。しかし、さすがにそれはちょっと…と今まではその程度の「雰囲気」でやってきた。
今回このアルバム制作の話を持ちかけられた時、直感的に思った。「ああ、本当は自分で考えなければいけないことをZAHITAがやってくれるかもしれない」と。要するにこの場合、音楽が映画を盛り上げるのではない。
ZAHITAの演奏の中に劇中のセリフや状況音が取り込まれるが、もはやセリフは映画から独立し、単に人の生活音になっているし、ZAHITAの演奏はストーリーに代わるコミカルで暗い異様な世界を現前させているように感じる。これは『国道20号線』で映画として描ききれなかった、醸し出しきれなかった側面になっているとすら思えた。それは映画と音楽のなかなかいい関係なのではないだろうか。全く違うアプローチの、新しい、サウンドトラックアルバムではない、映画と音楽の共作の可能性になれば』
カルチュラル・タイフーン・2008 in Sendai 2008.07.02
by 富田
多忙のため久しぶりの更新になりました。この間、松本、岡山へ舞台挨拶&トークために行ってきました。正直、地方での動員はなかなかに厳しいのですが、少なくとも来てくださる方々は意欲に溢れ、質疑応答の反応の良さにはいずれも驚かされます。どこの会場でも時間がもっと欲しいといった感じになります。作り手冥利に尽きます。皆さん本当にありがとうございました。
さて、今日は6/28・29と行ってきた仙台「カルチュラル・タイフーン」の報告をしたいと思います。
【カルチュラル・タイフーン(文化台風)は、カルチュラル・スタディーズ、また広く文化研究や文化理論、現代の文化シーンに興味のあるひとびとのトランスナショナルなネットワーク。このネットワークは、研究者、学生にとどまらず、多様な表現活動を行っている人々、地域や文化産業の現場で社会的なムーブメントを実践しているひとびとの出会いと対話を求めて、2003年から1年に1度のシンポジウムを開催してきた】という国際学会。今回の開催地が仙台ということで「地方都市」という存在をどう捉えるのかというテーマの下に「国道20号線」が呼ばれたわけです。そして運営の東北大学の学生達の熱意により、トークショーで再び社会学者の宮台真司さんとご一緒させていただける事となりました。
延べ3日間の開催中、僕らの出番は最終日でしたが、2日目からお邪魔して色々見学した中に、今回の大きな目玉である、「帝国」の著者マイケル・ハート氏の登場がありました。氏の著作は未読ですが、3時間近く話を聞いていた(通訳が入るので実質半分くらい)ので大まかには理解しました。ホー・チ・ミンの事が頭に浮かんだりしながら自分なりに聞いていました。一つ難を言えば、せんだいメディアテークという大きな会場内で同時多発的に催しが開催されるので、それぞれがバラバラな印象を受けるのは否めませんでした。パンフレットだけを眺めるのならば統一されたテーマで綺麗に見えるのでしょうが。まあ、そこは参加する側の意識も求められる所なので、自分の場合は、トークショー後の打ち上げの席でマイケル・ハートについて宮台さんに意見を求めるなど、贅沢な時間を過ごさせて貰いました。
そして、肝心な僕らのトークショーですが、どうやら楽しんで頂けたようで、仙台も例に漏れず非常に反応が良かったです。一時間頂いていましたが全く足りませんでした。終了後、「私、あまりに将来の展望が開けない映画を見ると、入り込みすぎちゃって貧血を起こすんです。そして、激しい吐き気が…。今日は見事に上映後吐き気が止まりませんでした。この映画は私に吐き気をもよおさせた人生三本目の映画です。この映画に出てくるような人たちって、生き方って、環境って、私が今まで一番嫌って、こんな感じにだけはなりたくないっていうそのものでした。全員に漂う社会に対する倦怠感に代表される「もうどうしようもない感」がひどく不快で、でも癖になる」という感想を頂きました。すごい感想です。来てくださった皆様、呼んでくれた東北大学の皆さん、本当にありがとうございました。
5/17(土)UPLINK・FACTORY月例上映会 2008.05.20
by 空族
「国道20号線」月例上映会、第五回目となる今回は、ゲストに山梨県・一宮町が生んだラッパー集団「stillichimiya」をお招きしました。そのネーミングから想像がつくように、彼らは一宮に留まる事を決意し結成されました。まさに国道20号線沿いにかつてあった町「一宮町」。全国規模で行われた、行政の勝手な都合による平成の大合併。一宮町もその例に漏れず餌食となったわけです。彼らの歌詞は甲州弁を前面に押し出したもので、一見そういった珍しさや、単に地域密着のという様な宣伝文句等に乗りやすいのでしょうが、その内容たるや一時のブームに終わることのない、地に足のついた、しっかりとしたメッセージを強く発しながら、おかしみと消えゆくものの悲しさを同時に内包する、非常に考え抜かれた素晴らしいものなのです。そういう優れた力を持つ表現は、故に一宮町だけの事ではなくなり、問題の根源を一にする全ての事柄に対して広がっていくのだと感じずにはいられませんでした。
映画「国道20号線」の登場人物たちが話す甲州弁で、劇中何度も映し出される数々の風景のことを歌っている「stillichimiya」。この二つが単なる偶然で出来上がったなどとはもはや思えません。ミニライヴの後のトークショーではそのことに深く言及されて行きました。やはり、キーワードは“場所”ということになります。彼らのNEWアルバムのタイトルも「PLACE2PLACE」。トークは必然的に、与えられ決められた場所ではない、自分たちの場所を自分たちで得る努力が今必要なのではないのか、というところに向かいました。
期せずしてほぼ同時期にこの二つのものが同じ地域から発せられたのだということを、改めて問題の深刻さと受け止めることになった一夜でした。しかし、あまりの近しさにもっと早く知り合いたかったなと少し後悔したりしながら、是非これからはもっと彼らと一緒に何かをしていけたらと決意を新たにしました。
5/10横浜「シネマ・ジャック&ベティ」初日。 2008.05.14
by 空族
この劇場は元々、ご存知「濱マイクシリーズ」の事務所のある映画館として知られる「横浜日劇」と隣接し横浜・黄金町の二大看板を張っていた「名画座」。共に昭和横浜の良き映画館として親しまれてきました。「日劇」は既に跡形もありませんが、「名画座」は横浜の顔を無くすな!という声援のもと、地域活性化団体「黄金町プロジェクト」の若い人たちを中心に受け継がれ「シネマ・ジャック&ベティ」と名前を変えて運営されています。
その横浜・黄金町での公開を記念して『ゴッドスピードユー!BLACK EMPEROR』との同時上映を行い、柳町光男監督にもご来場頂きまして、「国道20号線」監督の富田がトークショーのお相手をさせて頂きました。

「ゴッドスピードユー!BLACK EMPEROR」当時と「国道20号線」現在とでは、何がどう違うのか?というテーマでトークはスタートしました。
柳町監督作品に単に憧れてきただけではない、作品群を通して存在する徹底したぶれないテーマは「カミュなんてしらない」まで貫かれ、そういう影響を、自分たちが映画を作る必然として柳町作品全体から受けてきたのです、という富田の話は「ゴッドスピードユー!BLACK EMPEROR」だけに留まらず、作品全般に及んでいきました。一見今の若者達より活き活きして見える「BLACK EMPEROR」の若者達だが、'70年安保後の閉塞感の中を疾走していたのだということ。そしてメンバーだった本間優二を主演に抜擢した「十九歳の地図」で、行き場、そして生き方を見いだせない、都市に棲む若者を描き、「さらば愛しき大地」では開発の進む茨城・鹿島へと舞台は移っていく。そして、開発が完了し均質化が進み荒廃しきった「愛しき大地」なき後の現在が「国道20号線」なのでははないか?というところへ話は向かいました。どういう場所で、どう映画を作り、それをどうやって上映し続けていくのか?
戦後資本主義が徹底的に損得勘定主義で大地を満たすことに成功した現在、この「黄金町プロジェクト」等々の持つ意味をもう一度噛み締めることにもなった一夜でした。
広島「横川シネマ!!」に行ってきました。 2008.05.08
by 富田
5/3(土)広島「横川シネマ!!」での舞台挨拶にお邪魔しました。広島市街からちょっと外れた所にひっそりと、古くとても雰囲気のある佇まいの映画館です。支配人の溝口さんによると、もとは成人映画館だった所を個人的に引き継ぎ、かけたい映画をかけるということでやっている「横川シネマ!!」さんです。
はっきりいって「国道20号線」はこういう映画館があるからかけてもらえます。心ある観客・作り手なら疑う余地のない現在の日本映画の惨状です。地方を巡る中で「国道20号線」のような映画をかけてくれる映画館というのは、もはや個人経営で成り立っているのだということに驚かされます。出資・経営は勿論、作品選択、下手をすると上映技師、モギリまで…そういう意味での個人経営です、、。「横川シネマ!!」の溝口さんはまさにこれに該当します。物腰柔らかな人柄の中に静かな怒れる意志と不器用さを感じさせる溝口さんの佇まいは、そのまま「横川シネマ!!」の佇まいと一致していました。そういえば、札幌「蠍座」の田中さんもまさにそういう方でした。広島の後、伺った岡山「シネマ・クレール」の浜田さんも、まさに。
そしてもう一つの共通点。駅周辺にあるこれら映画館。しかし人の流れは郊外国道沿いの巨大商業施設に奪われ、映画もその中にあるシネコンで観るのみ。駅前商店街は閑散…。そもそも映画観客の絶対数が激減している状況。
どう考えても興行的に厳しい筈の「国道20号線」をなぜかけてくれるのか?「かけなきゃ観れないでしょ。観客を育てるのです」という答えを異口同音に頂きます。そして同時に作り手も育てられているのだなと実感するわけです。
その後広島・岡山を歩きまわりました。写真の一番上は、言わずと知れた「原爆ドーム」。一番下は、呉の原子力潜水艦&軍艦。戦艦大和時代からの要するに軍事工場地帯です。広島に原爆が落とされたのは必然だったとわかりました。それ以外にも巨大な被差別部落地域や尾道を見、そして倉敷の美観地区や、それと背中合わせの目も眩むほど巨大な水島臨海工業地帯など、日本の本当の姿が山陽にはありました。
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