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| 1/31(土)UPLINK・FACTORY月例上映会 |
2009.02.05 |
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第11回目にして、2009年一発目の今回は、私達が敬愛する活動30年!のロックバンド「突然段ボール」の蔦木俊二さんとラッパーECDこと石田義則さんをお迎えしました。お二人とも日本のパンク、ヒップホップの創成期より現在までの長い活動を経て、いささかの衰えもみせないカッコイイ大人達です。「突然段ボール」は先頃アルバム「D」を発売したのですが、31年目のバンドなのになんでこんな勢いがあるんだ…と思わずにはいられない素晴らしいこの新作。このアルバムの中の一曲「開発の跡地」にECDがラップで参加しており、富田が「まるでこの曲は国道20号線を音楽にしたみたいだ!」と、今回のゲストに来ていただく事に相成ったのです。ご来場のお客さんには「開発の跡地」の歌詞カードが配られました。
(一部抜粋) 懐かしいあの丘 鎮守の森 虫が鳴く原っぱ 全てを失って どこまでも広がる駐車場が出来た真ん中に突っ立ってまわりを見渡せば何も無い ナラク(奈落)ナラク(奈落)ナラ ハタラク ナラク(奈落)ナラク(奈落)ナラ ハタラク 開発跡地穴だらけ バラックみたいな家 中野区 トラック乗る親父は大工 体格よく育ち義務教育 中学卒業後 即 働く
まさにこの今の現実を歌に込めてぶちかましてくれる名曲だと思います。 上映後のトークショーでは、かつて「突然段ボール」もECDもメジャーのレコード会社からアルバムを出した事があるにもかかわらず、現在はインディペンデントで活動している理由を訊いてみると「うちらはずっとインディペンデントだよ。あの時はたまたまメジャーが売ってくれただけ」(蔦木さん)「もはやメジャーが宣伝して広告がどうのって時代じゃあないでしょう。今いちばんいらないのが広告費。メジャーでやってた時のリスナーよりも今聴いてくれている人たちのほうが信頼できます」(ECD)と語ってくれました。いいかげん何百万枚ミリオンセラーだとか、全世界何万人が涙したなどの数年経ってみれば「何も無い」音楽や映画やその他全ての事が、ウソに過ぎない、いってみれば企業の金儲けの商品に過ぎなかったという事がこの不況の中で明るみにでてきたという事です。かつてモブ•ノリオ氏はECDの「失点イン•ザ•パーク」とい う自伝的小説を激賞した時、巷のB-BOYと呼ばれるヒップホップの格好をした若者たちにこう呼びかけました。 「肌の黒さに誤摩化されるな。テレビでラップらしきものをやってる奴が黒人でも、そいつが本物であるとは限らない。アホしか読まない贋ストリートファッションの糞みたいなカタログを買って、アメリカの不良黒人の服装を真似ても、ファッション誌が君らの悪口を決して言わないのは、君らがカモりやすい、イイお得意さんだからだ。君の頭の中からリアルな言葉を追い出すその雑誌には、数えてみるがいい、どれだけのケータイ会社の広告が載っているだろうか?芸能人みたいにオシャレなラッパーはどこのブランドの服を着ている?つまりどこのブランドから金をもらっているのだろうね?リアルなHIP HOP とは何か?それは何よりも言葉である。道端からの、音と言葉による身近な表現であり、抵抗であり、自分の言葉で考え、主張し行動する姿勢である。開けたまぶたから入ってくる言葉の光で、お前の頭の中にある、商売人どもがお前に食らわして来た薄っぺらい夢を焼き払え。自分自身の言葉から始めるHIP HOPがあると知るなら、一気に物事の見え方が激変する、まるで初めて煙を吸い込んだ日のように」。 映画「国道20号線」の登場人物たちもただひたすらに薄っぺらい夢の世界(パチンコ、ATM、カラオケetc…)に食らわされているのだけれども(もちろん、現代においてこの商品化された世界から全く影響を受けない人間はいない)それでも主人公のヒサシは何か釈然としない自分だけの違和感や感情に拘泥している。それがシンナーの中の世界であったとしても、ヒサシは何事かわけのわからないものを感じとっていると思えるのです。蔦木さんは「何かわけのわからないものを抱き続け、表現することがロックなんだよ」と言い「俺も数年前だったらこの20号線のパチンコ、ATMの世界にハマってたかも、あはは」と会場も爆笑。ECDも「僕も中学生ごろから、もう駄目になっちまえばいいや、死んでもいいやなんてずっと思ってた。破滅に憧れたよね」とパンク魂全開のトークになりました。逆に言えば「もともと駄目なんだから、不況だろうがなんだろうが関係ねえ、好きな事をやればいいじゃないか」。 |
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1/24(土)はDOOM!の主催する空族特集上映会のため、大阪に行ってきました。空族特集を空族以外のひとがやる?ということ自体、奇妙に思われるかもしれません。私たちはいつも自分たちで上映し続けていたのですが、ついにオレたちが上映する!と名乗り出るイキの良いひとたちがあらわれたのでした。 今まで空族の映画を上映したいと申し出て上映して下さったのは、映画館の方と限られておりました。しかし、DOOM!は自らのハコを持つわけでもなく、空族と同じく映画でつながる仲間たちで構成され、活動を開始したばかりのひとたちなのでした。実は、彼らは昨年11/27・28京都みなみ会館で上映した際に大変協力をしてくれたひとたちなのです。 そもそも空族特集上映として組んだ『国道20号線』『かたびら街』『花物語・バビロン』『雲の上』の4本をたった一日でみせる、という無謀な試みを企画できたのは、商業的リスクを負う映画館ではなく、単に「みんなで観たいから」というだけの純粋さで行動できた彼らならではのことかもしれません。 私たちはそのココロだけで嬉しくワクワクするのですが、それにしても、ほとんど名の知られてない「空族」で人が入るのか、という心配がありました。『国道20号線』のロードショー公開からすでに1年経ち、地道に上映していたら観に来てくれる人がどんどん増えてきてはいましたが、『国道』以外の3作も上映するとかなりの時間がかかります。見る側も相当ハードになるに違いありません。 この企画に一体どれくらいの人が集まってきてくれるのかと、期待と不安の入り交じった気持ちでこの日を待ち望んでおりました。 行ってみると、入場者数はなんと、140人!! ビックリ仰天しました。私たちのアップリンクでの月イチ上映で「ようやく人が入るようになった」とはいっても、平均すれば1回30人くらい。たった一日でそれだけ集客できたのは、未だかつてありません!映画の上映場所でこんなに大勢の人をみたのも久々のことです。 一体どんなマジックをかけたのかと疑問になる程ですが、しかし、それはDOOM!のみなさんの地味な努力のおかげ、としか言いようがないのでした。DOOM!のHPの彼らの活動をご覧になって頂きたい。彼らは、会場の手配、チラシの作成・配布、チケットも手売りで、全て自分たちでやってきたのです。いくら熱心な映画館のひとでも、これだけ手間をかけて宣伝してくれたことは今までにありませんでした。観にきた人に聞くと、今回上映のチラシを「どこ行っても見た」そうで、いかに彼らが熱心に宣伝をし、みせる状態をととのえてきたのか、伺わせられました。 金子光亮氏<劇場分子主宰>と富田のトークショーも、新しく私たちの映画に会ったひとたちに空族と映画について的確に紹介する内容となり、会場は熱気に包まれていました。風の冷たい寒い日でしたが、会場が熱すぎて冷房を入れていたほどだったそうです。 10時から開始して18時半に終る長丁場から、大勢の人がぼんやりと軽く興奮した表情で出て来るのを見た時、大成功だった、と確信しました。 唯一残念だったのは、相澤が運悪くインフルエンザにかかってしまって行けなかったこと。『花物語・バビロン』など、今回ほど反応の良かったこともなかったと思います。観客のダイレクトな反応に立ち会えなかったのは残念、という他ありません。
『雲の上』を「5年もかけて作った」ということに苦労して作った、というイメージを持つひとが多いようですけれども、作っているのが楽しいから5年もかかってしまった、という方が正しく、そこまで続けてしまったのは自分たちでリアルな手触りでモノを作ることのヨロコビを映画を通じて実感していたからに違いないのです。 DOOM!のみなさんも今回の上映で同じようなヨロコビで動いていたのではないかと想像します。そんな機会が映画を通じて作られたとしたら、映画にとってこれほど幸せなことはありません。 今回のような幸福な機会を作って下さったDOOM!のみなさん、金子さん、観客のみなさんに、心から感謝をしています! |
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| 12/20(土)UPLINK・FACTORY月例上映会 |
2008.12.28 |
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第十回目にして今年の最後を飾る今回は、マスメディアにもほとんど報じられることのなかった、'08年6月の大阪は西成「あいりん地区」(通称・釜ヶ崎)の暴動をドキュメントした【中崎町ドキュメンタリースペース】の佐藤レオさんとチャン・ヨンテさんが、わざわざお住まいの兵庫県・尼崎から来て下さいました。彼らは大阪の野宿者占め出しの行政代執行が行われている真っ最中の公園で出会って意気投合!以来一緒にドキュメンタリーを制作しているのだそうです。 今回の「釜ヶ崎暴動」の顛末を聞いてみると、2008年春、西成で1人の労働者のオッチャンが飲み屋の主人と揉めていた所に警察が介入、オッチャンはそのまま連行され警察署内で首を絞められるなどの暴行を受けたという事件が発端となって、日頃からたまっていた差別や警察への怒りが爆発したということなのだそうです。もちろん「誰々があおった」「扇動者がいた」などの憶測が飛び交ったそうですが、おおむね「おまわりのヤツら、いつかはこうなると思っとった。当然や。」というのが地元の意見で、警察権力からの占め出しや嫌がらせ、差別的な扱いは日常的なのだそうです。しかし、なんと言っても暴動でありますから、そこにカメラを持ち込むことには危険が伴います。その辺のところをお二人に訊いてみると「機動隊が出てくるまでは敵がはっきりしないから、お互いを警察のスパイだと言っての殴る蹴るが頻発したりしました。僕たちも当然カメラを持っているのだからやられそうになりました。でも以前から懇意にしてたオッチャンが、こいつらはエエんやって言ってくれて助かりました。」「そうかと思えば逆に僕たちも機動隊に捕まりそうになり、その時は報道だと言って誤摩化しました。実はその前に石投げてたんですけどね(笑)」。 二人とも自分たちなりに自分たちが撮る対象の人間や物事に対して、精一杯コンタクトしていこうとする姿勢にはとても勇気づけられました。観客のみなさんにも警察の権力の力と、有象無象の熱気は伝わったのではないでしょうか。トークショーの質疑応答でも「西成だけが特別ではない。現在日本のこの不況の状況では暴動になってもおかしくはない、いや、諸外国の事を考えれば暴動にならない日本はおかしい」との意見すら出ました。わたくし相澤も「そうだ!とにかくみんな警察がきらいなんだ!」と断言してしまいました。ただ、佐藤さんは野宿者占めだし反対支援の運動の中で、野宿者のオッチャンのブルーシートのテントを強制撤去しにくる行政側のオッチャン(行政に雇われてはいるが、身分的にはテントの方々に近しい…)も、「明日は我が身」と泣きながら撤去作業をしている姿を目の当たりにして、なんとも複雑な気持ちになると同時に、通り一辺倒の反対運動だけじゃダメだと思ったそうです。そして、排除に対して、お芝居やパフォーマンスでユーモアを持って対抗していく運動も始まっており、そこにカメラで参加してもいるそうです。 今回の「釜ヶ崎暴動」の撮影取材以外にも、チャンさんは大阪国際空港(伊丹空港)に隣接した、在日朝鮮人の消された街「中村」(かつて空港建設の為の労働力として集められ、その飯場がそのまま現在の居住区となった)を見つめた、自身監督のドキュメンタリー作品『中村のイヤギ』を撮る過程で、人間の生活の「場所」がどう奪われつつあるのかを見据えようとしています。中崎町ドキュメンタリースペースのこれからにリスペクトです! ウソかホントか100年に1度の大不況などと騒がれていますが、過度に煽られる事なく、自分たちの居場所は自分たちで創っていきましょう!! |
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| 11/29(土)UPLINK・FACTORY月例上映会 |
2008.12.16 |
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第九回目となる今回は、ゲストに元文部省(現文部科学省)官僚で「ゆとり教育」スポークスマンとしてよく知られ、映画評論家の顔も持つ寺脇研さんと、「ゆとり教育」推進派の宮台真司さんをゲストにお迎えしました。 そもそも何故「国道20号線」で教育問題なのか。もとはと言えば、映画評論家の寺脇さんが「国道20号線」を評価してくださったのがご縁になっています。そして月例上映会の「現実と映画をリンクさせるべく多ジャンルからのゲストを招く」というテーマの下に、映画評論家としてではなく、元官僚という立場で来て頂く事としました。そして最近の「ゆとり教育」批判がもたらす誤解と、それを生み出している社会状況を考えるべく、今回のトークセッションと相成りました。宮台真司さんの参戦はそういう意味でも非常に心強いものとなりました。導入部は先日の韓国での上映の印象から。そして、韓国は現在高等教育への進学率が世界一位ということもあり、偏差値輪切りの詰め込み教育真只中なのだろうということ。そして、進学率は高いがこの不況により、就職率は非常に低いということが問題になっているという事実もあると。そして「国道20号線」の登場人物達はまず学校からドロップアウトし、そのまま社会に出て行った。しかし、かつてのように社会に受け皿があればいいが、現在はそれも厳しくなっている。そもそもドロップアウトの原因が教育システムに潜んでいるのも事実だ、と。問題が問題だけに内容は多岐に渡り、トークは弾みに弾んで盛り上がりました(とても全ては書ききれません)。 知っているようで知らなかったこと。要するに「ゆとり教育」の理想は何処にあるのか?社会状況が変われば教育も変わらなければいけない。それは自明の事なのに、現在まで通り一辺倒の教育は変わってこなかった。単純に考えても10年前はインターネットがこんなに普及する世の中は想像していなかった。それに関してパソコンなどの技能を学べる多様性が必要な訳で、そういう変化を遂げなければいけない筈。ならば、そういった様々なジャンルに対応していけるよう教育も様々なジャンルに分かれていいのではないのか。それには「選択できる」ということが必要で、「選択する」には当然意志が必要となってくる。この「意志」を育てるのが「ゆとり教育」の目的なのだ、と。例えば工業高校や商業高校などの学校は、本来は専門的な事を学ぶ為の学校であるはずなのに、偏差値輪切りの詰め込み教育の中では、目的意識でというよりは、偏差値の度合いによって落ちこぼれが集まる学校になってしまっていたわけで、まずはこれを改善していくことから始めなければいけないのだという事でした。 一流大学、一流企業、終身雇用。この価値観が崩壊した現在、なにはともあれ、自身で目標を持ち選び学ぶということが大事なのだという事なのですが、それは何でもいいのだ、好きな事をとにかく徹底的にやるべきなんだというところに話は着地しました。そして、月例上映会で再三再四語られてきた、自分たちの楽しむべき“場所”を自分たちで作っていくことが必要なのだということに繋がりました。そしてその事に本当に自分が賭けれるかどうか、信じる事が出来るかどうか。所謂勉強だけでは学ぶことのできない「世間智」が「偏差値」より大事なのだと、寺脇さん自身のエピソードの中から話して下さいました。 『俺は自分の気に入っている劇団がいる。ずっと肩入れしてきた。彼らは40を過ぎてもアルバイトをしながら演劇に打ち込んでいるバカだ。こいつらの芝居の面白さを人々に見せたい。そこで俺は自分の金をこいつらに突っ込んだ。それは「国道20号線」の制作費の10倍だよ。なんでもやっていい、と。とにかくお前らがやりたい事を、好きな事をやれ、と言ったんだ』。そして公演は数千人を動員し、興行的にも内容的にも大成功だったそうです。そして最後に『俺は例えこいつらに騙されていたとしたっていいんだ。そういうものが持てるかどうか、それが人生を楽しむということでしょう。そいうのを教えるのが教育というもんだと思います』 それを受けて富田。『僕は中学生の時、主演の鷹野毅に出会って勉強するのをやめました。それまでの価値観が全部壊れたからです』 |
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11/27(木)・28(金)に京都みなみ会館にて「国道20号線」が上映され28日に舞台挨拶に行ってきた。みなみ会館は古い映画館で現在はRCSという団体がプログラムなどを管理・運営している。昔ながらの映画館なので席数は165席もあり、単館系の作品を専門にかける映画館としてはプログラムに苦心するのがわかる。UPLINKなら30人も入れば「ほぼ満員」に見える。みなみ会館じゃガラガラ。そういう意味で(?)「国道20号線」は、かけてもらうのに一年近くの粘りの交渉を要した。RCSには膨大に作品DVDが送られてくるという。全てを観るのはとても無理だということで、決め手の一つは「粘り」だということだ。「2日間限定」ということで、お客さんは沢山来てくれた。確かに、これを一週間、二週間の帯でやったら厳しかっただろう。「土曜始まり金曜終わり」というのが映画興行の従来のありかたなので、平日2日間というような細かいプログラムの組み方は難しいのは理解できる。しかし「国道」のように、一週間やっても一日でも同じ動員だというなら、一日に凝縮して、舞台挨拶に行って観客の方々と交流できる方がいいに決まっている。従来の映画のあり方で興行を考えるとき、一週間で百人などという数字はお話しにならないだろう。でも「国道」なら一日限定上映で百人は成功だ。しかし「国道」にとっての成功が劇場にとっての成功とは限らない。そりゃ帯で何週間でもロングランして毎回長蛇の列なら言う事はないだろう。金がかかっている映画はこうやって回収するしかないからだろうが、しかしいつまで経っても良かった時代の名残がありすぎるのではないか?大作、小品いずれも大して入りはしないご時世なのだから、根本的に何かを変えなければ本当に駄目になってしまう時がいつか来る。手間は増えるが、細かいプログラム構成にするとか、こういう努力は当然なのだろうが、もっと根本的な改革を模索しなければいけない時だと思う。作り手ができるのは唯一、じっと我慢で誠実なものを作り続けることだけだ。と言いたいところだが、とはいえ、じっと我慢しているうちに劇場が潰れてしまったら、かけるところがなくなってしまう。今は、今まで以上に能動的に作り手と劇場が緊密にコミュニケーションをとっていく必要があると痛切に思う。作り終わったら配給任せにしてふんぞり返っている作り手が多いんじゃないのか。配給だって所詮仕事。儲からなければ本気にはならない。誰がその作品のこと本当に大事にしてるの?っていいたくなるような映画がいっぱいある。そんなの観客だって見破るし、観に来ないだろう。 今回京都上映には、ある若者たちの自主的な協力があった。この協力なしでの成功はなかった。彼らは、全国行脚の最初の最初、大阪シネ・ヌーヴォでの公開時に観に行ってくれていた熱心な人達。で、「国道」の事を非常に気に入ってくれた。絶賛してくれていた彼らのブログへ書き込む形で連絡を取るようになった。その後、彼らの地元である京都での上映に際して、完全に自主的にチラシを作成、京都のみならず、大阪方面にまで配布してくれるなどの協力をしてくれ、自分たちで作っている批評のフリーペーパーなどでも扱ってくれるなど、シネマテークという方法論を今こそ取り戻そうとしている。そして、「暗闇とプロジェクターさえあればどこでも上映できる」という僕らの考え方とも一致して、今度は1月に大阪で自主上映会を開きたいと申し出てくれた。「国道20号線」は決して一般的に拍手喝采で迎えられるような映画ではないが、こういう熱狂に支えられていると最近つくづく思う。そしてそれは僕らの活動の方向性と一致する。従来の映画システムに揺さぶりをかける新しい方法への第一歩になればと願うばかりだ。深謝。 |
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